緑の子らの伝説

人間の王国によって故郷を焼かれた森の民――ハイエルフたちは、深き森の奥に小さな村を築き、傷を癒しながら静かに暮らしていた。しかしその村には女たちの姿しかなかった。男たちは遥か東方にて神託を受ける使命を負い、長い旅路に出たまま帰らなかったのだ。

村の統治者であり聖なる血を継ぐ姫リュシアは、王国の軍によって家族も民も失い、心に深い憎しみを抱えていた。だが、女だけで何ができよう？ 刃を取るにも限界がある。絶望が村に漂う中、ある嵐の夜、一人のオークが森に迷い込み、傷を負い倒れていた。

オークは名をグルドといった。彼もまた人間の兵に追われて部族を滅ぼされ、逃れてきた流浪の戦士だった。リュシアは彼を村に運び看病した。初めは警戒していた女たちも、グルドが礼節と誠実をもって接する姿に心を開き始める。

日が経つにつれ、リュシアとグルドの間に奇妙な信頼と共鳴が芽生えていく。共に家族を殺され、居場所を奪われた者同士、彼らの憎しみは同じ色をしていた。そしてリュシアは一つの決意を胸に刻む。 「ならば、我らの力を合わせ、新しき種を生み出し、この世界を塗り替えよう」と。

リュシアはグルドの子を宿した。

その事実に最初は村が揺れた。しかし彼女の誇り高き姿勢に心を動かされ、他の女ハイエルフたちもまた同じ道を歩むことを選んでいった。オークの流浪の仲間たちも一人、また一人と村に受け入れられ、混血の子らが次々と誕生した。

それから十数年。村には多くの“緑の子ら” が育っていた。ハイエルフの知恵と魔力、オークの肉体と勇猛さを兼ね備えた新しき種族。彼らは父たちから戦いを、母たちから叡智を学び、森の教えと共に育った。

子らが十五を超える頃、リュシアは彼らに語った。「人間たちは、我らの存在を知らぬまま己の力を過信している。だが今こそ、忘れ去られた者たちが歩むべき道を切り拓く時。怒りを持て。ただし誇りを失うな」。

緑の子らは各地へと散り、人間の町や砦に忍び寄った。武をもって征し、理をもって治め、民の中に溶け込みながら、王国を内側から蝕んでいった。戦争ではない。文化と血脈をもって世界を変えるのだ。

やがて王国は分裂し、旧き権力は瓦解した。緑の子らの子孫たちは新たな国々を築き、かつて森を焼いた者たちの末裔と共に生きていった。その中心には、白銀の髪をたなびかせたリュシアの姿があった。

「これはただの復讐ではない。再生の物語だ」と、彼女は微笑んだ。